泥日記

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2011年 03月 25日

子供

計画停電の夜、LEDランタンの灯りでカレーを食べたが、息子は「キャンプのカレーみたーい」と軽口たたきながらも、実は被災地のことや妹のことが心配・気がかりでならない。

心優しい奴だ。娘は娘で楽観的でひょうきんな性格。2人には随分と助けられている。

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我が家にはご存知の通り4年生の息子と1年生の娘がいる。地震当時は学校でホームルーム中だったらしく、物凄い揺れた、怖かったと言っていた。娘はさすがに泣いていたそうだ。その後も、余震や計画停電も何度か経験した。

俺がすべきは、彼らを笑かすこと。彼らにしっかりと教えてやることだ。

被災地の状況、停電、放射性物質、水、食料などなど、彼らだって子供ごころに関心が高まっているわけで、親の振る舞いを良く見ている。また、親や大人の話しを普段より良く聞ける状態にある。
いま起こっていることはどれくらい大変なことなのか、そんなに危ういことではないのか、どういう対処をすればいいのか、その答えを探している。


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大学3回生の時に阪神淡路大震災に被災した。友達や知り合いの尊い命が奪われた。自宅が全壊や焼失等につき避難所や仮設住宅で長期間暮らさざるを得ない知友人も多数いた。

当時は少年サッカーの指導をやっていたため、教え子やそのご家族の安否確認に90ccのYAMAHA AXISで走り回った。教え子たちがいた避難所の小・中学校を巡り、何とか調達した食事や物資、外の情報(ガソリン、簡易風呂、配給情報、電気復旧の状況などなど)を持ち込み、お年寄りのお話し相手をし、トイレを掃除し、炊き出しのお手伝いをやり、子供たちとサッカーをして暗くなるまで遊んだ。

なんて不幸なんだ、なんで俺たちだけが、前を向こうなんて簡単に言うな、今を生きるので精一杯だ、先のことは想像できない、と思っていた。

一方で、平気平気~とか、こんなのすぐに元に戻るって、なんて軽口を叩いていたが。実際には結構ストレスフルな状態。被害が少なかったのにコレだ。弱いもんだな。。

ただ、こうやって動くことで随分と助けられた。あれこれと思い悩む暇も無いのが良かったし、特に、教え子たちと遊ぶことで逆に自分が救われていたことを思い出す。



阪神淡路では色んなことを感じたり学んだりしたが、一番は子供の脆さと強さを知ったことだろう。子供の心はガラスのようにもろく透き通っている。すぐに曇るし傷つくし簡単に割れる。反面、良いものも悪いものも全て透き通して吸収する。

ぜひ、彼らに良く目を配り、話しかけ、笑かしてやって欲しい。

色んな想いがあると思うが、物資は必ず何とかなるから、何よりも、彼らの心を壊れたままにしないようにしたい。今、それをやらなければならない。来週では遅い。再来週では手遅れに。と思う。


ぽぽぽぽ〜ん♪w



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東北関東大震災 宝地図ムービー「あなたたちは一人じゃない」

   
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by ag749s | 2011-03-25 21:37 | その他 | Trackback
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